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東京高等裁判所 昭和25年(う)505号 判決

控訴人 被告人 吉沢勗康

弁護人 佐久間渡

検察官 宮本多賀雄関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の弁護人佐久間渡名義の控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して当裁判所は次の様に判断する。

論旨第一点について。

原判決挙示の証拠を綜合すると被告人が営業としてではなく金貸を業とし判示第一の様に昭和二十二年十月中旬から同年十二月下旬に亘り内田安吉外二名に対し合計金四十万七千円の金員を貸付け、その利息として同人等から合計金六万八千三百円の利息を収入したことが明白である。所得税法の規定するところ及びその趣旨から謂うと斯かる収入は原審証人山本明治の証言にもある様に単なる一時所得ではなくして営業以外の事業に因る事業所得と解するを相当とする。果して然らば同所得は所論の様に所得税法第九条第一項第八号に所謂「前各号以外の所得で営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」即ち一時所得ではなくして同条項第九号に所謂「前各号以外の所得」即ち事業等所得に該当するものと謂うべきである。蓋し同所得は同条項第一乃至第七号に該当する所得ではないことは明白である。而してそれは営利を目的とする継続的行為即ち営業から生じた所得以外の所得ではあるけれども一時の所得ではないから之を目して同条項第一乃至第八号に所謂一時所得とするを得ない。従つてそれは同条項第一乃至第八号以外の所得即ち事業等所得に属するものとなさざるを得ない。所論は畢竟独自の見解を述べるものに外ならないから之を採用し難い。されば原判決が同所得の年中の総収入額からその収入を得るために支出した金額を控除した金額の十分の五に相当する金額を課税の対象としなかつたのは正当であり原判決には所論の様に法律の解釈を誤つて事業所得を認定した違法は存しない論旨は理由がない。

同論旨第二点について。

被告人の判示業態が営業以外の事業たる金貸業であることは論旨第一点に対して説明した通りである。従つて金貸営業としての必要経費は被告人にはあり得ない尤も被告人が営んでいる金貸業は営業ではないとはいえその事業のために返金督促のための使者を傭つたり貸付資金を借入れたりした場合にはその使者に支払つた賃金又は借入資金の利子等は勿論右事業のための必要経費となるのである。而して本件の場合には判示第二事実について右の利子一万五千円を要しただけであるから原判決がそれだけを必要経費として判示第二の利子総収入額から控除しているのは正当である。事業所得に対して賦課せられる地方税としての事業税はこれをその事業のための必要経費とみるべきではあるけれどもそれは既に賦課税額が確定して納付義務を現実に生じたものに限ると解するを相当とする。何となれば未だ現実に納税義務を生じないものはこれを目して具体的に生じた必要経費と為すを得ないからである。本件において斯かる事業税は毫も存しなかつたから原判決が判示利子の総収入額から事業税を全然控除しなかつたのは正当である。若し夫れ前年度の事業所得に対して賦課せられる右事業税が次年度に確定したけれども次年度においては該事業を営まなかつたため同事業税を必要経費としてそれから控除すべき事業所得がなくなつた様な場合にはそれによつて蒙るべき不利益は既納税からの控除その他によつて償われる筈であるから斯かる不利益を主張して原判決を抽象的に非議する所論は之を採用するに由ない。之を案ずるに原判決には所論の様に利息の総収入から所得税法に定められた必要経費を控除しないで被告人の所得額を定め税額を算出しそれに基いて罰金を課した不当は存しない。論旨は理由がない

(その他の判決理由は省略する。)

仍つて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)

控訴趣意書

第一点原判決は其の理由に於て、

「被告人は宇都宮市峰町三十一番地において農業の傍貸金業を営むものであるところ、

第一、昭和二十二年中別紙逋脱額計算書記載の通り内田安吉外二名に対し合計金四十万七千円の金員を貸し付けその利息として同人等より合計六万八千三百円の金円を収入し同額の所得(所得税法第九条第一項第九号に所謂事業等所得)があつたにも拘らず同二十三年一月二十八日政府(宇都宮税務署)に対し同二十二年度分所得の確定申告をするに当り殊更に右利息の所得を秘し金二万三千六百六十円の農業所得のみとこれが所得税額金千百五十円その他所要事項を記載した内容虚偽の同年分所得税確定申告書を提出しその日右申告税額の納付手続を為し以つて詐欺の行為により右逋脱額計算書記載の通り右二ロの所得合計額に対する同年度分の正規の所得税額金三万三千二百九十一円中右納付税額以外の部分である金三万二千百四十一円の課税を免れ」

と判示したが被告人は昭和二十二年度に於ては内田安吉、内田芳三郎、石塚孝助の三名に対し昭和二十二年十月中旬から同年十二月下旬迄の間に四ロの貸金を為したに過ぎないものである。

是等の人々は被告人と旧知の間柄であつたので其の需めに応じて貸与したもので未だ営業として為したものではない。又実際上の徴税上の取扱も一ケ年間に十口以下の貸付金は一時の所得とみて営業上の所得とみないことは証人臼井鼎の証言する通りである。

証人山本明治第八回公判始末書記載の証言によると被告人の昭和二十二年度の所得は一時の所得とみるか或は営業上の所得とみるかの点に関し一時の所得とみず営業以外の所得であるとすれば第八号の一時所得に該当するもので両者以外の所得が存在する筈がない。

要するに右所得は一時所得であるから所得税法により収入を得るために支出した金額を控除した所得金額の十分の五を課税の対照額と為すべきに拘らず原判決は法律の解釈を誤り事業所得と認定したのは失当である。

第二点所得税法第九条第一項第九号には「その年中の総収入金額から必要な経費を控除した金額」と規定してあるし第十条第二項には「所得税は前条第一項六号及び第九号に規定する必要な経費又は同項第八号に規定する収入を得るために支出した金額はこれを算入しない」と規定して居る。

而して事業等所得に対しては地方税法第四十六条第六十三条第九十九条に依つて県税市税及都市計画税が賦課さるるのである。その税率は栃木県税は所得額に対する百分の九で都市計画税が其の税額の十分の一である宇都宮市税は県税と同一の課税をするから所得金額の約二割が事業税として納付すべきものである。

本件に於ける昭和二十三年度の利息収入が原判決認定の通りに金五十四万八千二百五十五円あるとせば県市税の事業税は約十万九千円となるのである。

事業税の賦課徴収は前年度の収入に対し翌年度に課税するのであるから昭和二十三年度の所得に対しては昭和二十四年度に課税さるるものであるから所得税法の精神によるも当然必要経費に算入さるべき筋合である。

若し是等の支出を必要経費中に算入せないとせば同法第九条第一項第四号の俸給等の所得からその十分の二・五を控除する規定と比較して均衡を得ないことになる。即ち第四号の所得者は事業税を賦課されないものであるのに十分の二・五の控除が認められるのに九号の所得者は何等の控除が認められないで事業税を負担するとの矛盾が生するのである。

或は原審は必要経費とはその年度中に現実に支出したものを指すものと考えたか知らないが、さすれば被告人が昭和二十四年度に貸金業を営まない場合には事業税の負担は何時如何にして必要経費として控除されるのかその機会がないのに被告人は昭和二十三年度の事業所得に付いては昭和二十四年度県市税として事業税の賦課されることは必然の事柄である。それ故税務署に於ける取扱はその年度の事業所得金額から業体に応じてその何割かを必要経費として控除した金額を所得額と定むるのである。

原審に於ける証拠決定に基いて昭和二十四年十一月十八日宇都宮税務署からの回答書には十分の一・五を見込むとあるが、それでは事業税の負担にも足りない。

以上の如き次第であるから原判決が利息の総収入から所得税法に定められた必要経費を控除しないで其の所得額を定め税額を算出しそれに基いて罰金を課した本件は不当の判決と考える。

弁護人の仄聞するところでは貸金営業者の所得に付いては所得額の三割を必要経費として控除するとの事である証人山本明治が本件の所得を営業以外の所得だと証言するのも此の点に関係するからであるし昭和二十三年度分所得税逋脱税額計算書に非営業貸金の利子と記載したのも必要経費控除の問題を考えたからであると思う。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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